台湾の一家庭当たりの貸本消費が一九八四年をピークに減少の一途をたどったのは先に述べた通りである。しかし、一九九二年を境に一転して増加に転じる。二〇〇〇年の月平均の貸本費は七・四元、書物雑誌費総額(三六四・三元)の二パーセントまで戻してきている。今現在も毎月何軒もの貸本屋が新規に開店しており、間違いなく新たなブームを迎えている。しかし、貸本屋のシステム、そして貸し出す本の種類は、七〇年代から八〇年代にかけての貸本ブームの頃と明らかに変わってきている。

九二年前後に、貸本屋をめぐる外的環境に二つの大きな変化があった。一つは九二年の著作権法の改正で、合法的に書物を所有している人は誰でも人に賃貸することができるという権利(中国語で出租権)が認められたこと、もう一つは九〇年に貸本管理用のソフトが作られ、翌年には貸本屋チェーンが誕生したことである。管理ソフトの名称は「孟波系統」、当時貸本屋で絶大な人気を博していた中国語版日本漫画『城市猟人(シティー・ハンター)』(もちろん海賊版)の主人公の名前「孟波(冴羽獠)」にちなんだものだ。

こうして貸本屋は日陰の存在から一気に日の当たる世界に躍り出た。そして同時にコンピュータ管理により、薄汚い店舗からコンビニエンス・ストアーのような外観をもつ清潔な空間に様変わりした。

九二年の著作権法の改正は、貸本の主力ジャンルの一つであった漫画の世界にも大きな影響を与えた。先に述べたように六七年から本格的に始まった検閲制度により台湾漫画家の作品はほとんどが姿を消し、日本漫画の海賊リライト版ばかりになっていた。しかし八〇年代に入ると、日本漫画のみ優遇される検閲の問題点を追求する運動が起こり、日本漫画の海賊リライト版の出版にもストップがかかる。一方で台湾漫画家の作品に対する検閲も徐々に緩やかになり、台湾漫画家の作品も数多く市場に出回るようになる。八七年の戒厳令の解除にともなう検閲制度の廃止で、台湾漫画は弾け、台湾漫画ブームが沸き起こる。

一方、検閲制度の廃止は、日本漫画の海賊リライト版にとっても出版を妨げる障害の消滅を意味した。漫画出版社はこぞって海賊版日本漫画の出版に乗り出した。象徴的なものは、八九年に東立出版が創刊した漫画雑誌『少年快報』である。日本の漫画雑誌に掲載されている漫画をそのまま中国語版にして発行したもので、九二年には二〇万部を越す売れ行きとなる。日本の単行本漫画の海賊中国語版も次から次へと出版された。検閲制度があった頃は、日本漫画を書き直しているものが多かったが、この時期には単行本漫画の吹き出し部分を中国語に置き換え、そっくりそのまま出版するようになる。

九二年の著作権法の改正は、WTOの前身であるGAT加入を目指した環境整備という側面もあり、改正により外国人の著作物の著作権が一部ではあるが認められることになった。この改正ではこれまで出版されてきた海賊版日本漫画がそのまま違法な存在とされたわけではなかったが、将来の方向性を見越した漫画出版社は、正規に版権を得た上での発行へと方針を変更し、九三年には大手出版社の日本漫画はほぼ全て正規版になる。前述の『少年快報』も九二年七月で発行を停止し、同年九月から講談社『少年マガジン』の正規授権中文版雑誌として雑誌名も『新少年快報』と改め発行される。九二年の著作権法の改正により、貸本屋の存在そのものの合法化だけでなく、そこで貸し出される漫画の正規版化ももたらされたのである。

日本で出版される漫画の中国語版がほぼ同時に台湾でも出版されるようになり、日本漫画が大量に流れ込んでいった。検閲制度のもと約二十年間の空白期間のあった台湾漫画に抵抗する力はなく、台湾漫画は再び駆逐されていくことになる。東立は九二年に台湾漫画雑誌『龍少年』『星少女』を創刊したものの、十年経たないうちに休刊に追い込まれてしまった。

因みに台湾最大の貸本チェーンである十大書坊の二〇〇二年十二月二十三日-三十日の漫画貸出ベストテンは以下の通り。


(順位・書名・出版社・作者の順、かっこ内は巻数)

1『 ONE PIECE海賊王』(26) 大然 尾田榮一郎
2 『 龍狼傳』(27)・東立・ 山原義人
3 『 火影忍者』(14)・東立・岸本齊史
4 『 媽媽的渡假天國』 ・東立 ・河内由加
5 『 幻影天使』(10)・大然・ 高屋奈月
6 『 内衣教父』(59)・大然・ 新田たつお
7 『 棒球大聯盟』(40)・青文・ 滿田拓也
8『 野球太保』(31)・東立・ 川三番地
9『 霸王愛人』・ 大然・ 新條真由
10『 醜小鴨王子』(4)・東立・ 森永 愛

ベストテンの中に残念ながら台湾漫画は一作品もない。全て日本漫画である(オリジナル版の書名は中国語版書名や作者名から想像していただきたい)。

次に言情小説について見てみよう。八〇年代初めに漢麟出版から経営を引き継いだ萬盛出版は、当初は漢麟と同じように武侠小説も出版していたが、徐々に軸足を言情小説に移し、今では誰もが言情小説専門の出版社だと思っている。八一年から萬盛文藝選集シリーズを刊行していたが、八八年の「感性系列」の刊行から言情小説へと完全に舵を切った。漢麟が武侠小説本の定型を作り上げたのに対し、萬盛は言情小説本の定型を作り上げた。いわゆる系列(シリーズ)ものの走りである。他の出版社からも相継いで系列ものが出版されていく。「感性系列」自体は九四年で終了しているが、同年から始まる新シリーズ「荳蒄系列」は現在まで続き、他にも「動情精靈」「揚舞」といったシリーズがある。

『少年快報(84)』 少年快報週刊雑誌社 民国80(1991)年7月22日  少年快報週刊雑誌社は東立出版社の子会社。
『ONE PIECE海賊王(26)』 尾田栄一郎 大然開發文化事業 民国92(2003) 右下に「正式授權、台灣中文版」と印刷されている。
『取悅我的搗蛋女(采花系列196)』 夙雲 狗屋出版社 民国91(2002) 狗屋出版社は林白出版グループの一つ。

系列言情小説は、各出版社とも字数は約十万字、ページ数は二五〇頁前後、封面は主人公である美少女の絵で飾られているという共通点がある。最近では美男子の封面もわずかだが登場してきている。定型の恋愛小説本が大量に出版されているわけである。

言情小説の貸出ベストテンは以下の通り。

(順位・書名・シリーズ名・作者の順、かっこ内はシリーズ巻数)

1 『取悅我的搗蛋女』・采花(196)・ 夙雲
2 『當然是愛』・ 采花(199 )・煓梓
3 『近水樓台』 ・動情精靈(77 )・唐瑄
4 『當愛情來了』 ・橘子説(163 )・伍薇
5『 愛上你的傻』 ・采花(200 )・唐浣紗
6『 幸運女郎』 ・采花(197 )・季葒
7 『我愛你到地老天荒』 ・珍愛(235)・ 夏娃
8『 愛情忒難猜』 ・橘子説(160)・ 齊晏
9 『瞬間』 ・甜蜜口(101)・ 綠痕
10 『俊南遇上小野貓』 ・橘子説(161 )・陶妍

「采花」「橘子説」は欧米の恋愛小説の翻訳からスタートした林白出版グループの系列(シリーズ)。「珍愛」「甜蜜口」は禾馬出版の系列(シリーズ)である。翻訳小説は一篇も挙がっていない。漫画が日本漫画に席巻されているのと比べ、言情小説は台湾作家のものが中心であり、台湾独自のスタイルを作り上げている。

実は、現在の貸本屋で借りられているのは、これまで紹介してきた漫画と言情小説がほとんどである。十大書坊旧ホームページの二〇〇〇年の新書データから計算すると、漫画五一・四パーセント、言情小説三七・六パーセント、合わせて八九パーセントを占める。かつて貸本の中心であった武侠小説は見る影もない。武侠小説は九二年以降も復活の兆しはない。ここ数年は武侠小説そのものではなく武侠漫画の方に流行の兆しが見え始めている。これは武侠系のコンピュータゲームの流行と密接に結びついたもので、漫画もコンピュータゲームの世界をそのまま取り込んだようなカラー版である。

漫画と言情小説の貸出ベストテンを挙げたが、これらの作品のうち二週続けてベストテンに入っているのは漫画で二作品(『野球太保(31)』『霸王愛人』)、言情小説ではゼロである。貸本の回転は非常に速い。貸本屋には毎月七百冊以上の新書が入り、同数の本が処分される。コンビニエンス・ストアーに似た新型の貸本チェーン店では書物が山積みされ、そのまま溜まっていくことはあり得ない。入った数だけの書物が処分されていく。処分された本は古本屋で売られることになる。古本屋での価格は、作者や作品によって違いはあるものの、定価のほぼ半分から十分の一、安いものであれば貸本で借りるのと大体同じ値段である。台湾の古本屋が集積する光華商場一階で、VCDやDVDを扱う店と並んで客で混み合っているのは、実はこういった漫画や言情小説を扱う店なのである。

原載:『彷書月刊』2003年2月号