『ボランティアで学生は変わるのか-「体験の言語化」からの挑戦-』
(早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター編、ナカニシヤ出版、2019)
本書の詳細はナカニシヤ出版の以下のページをご覧ください。直接購入することも可能です。
https://www.nakanishiya.co.jp/book/b488667.html

*「おわりに」の部分を掲載

おわりに

本書は早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター(以下, WAVOC)が2017年度から取り組み始めた新たな試みである早稲田ボランティアプロジェクト(以下,ワボプロ)の2年間の活動の中間報告書である。WAVOCは,なぜワボプロという新たなプログラムを立ち上げることになったのか。その経緯,目的について振り返っておきたい。

WAVOCは2002年4月の発足以来,大学の教育,研究に次ぐ使命である社会貢献活動の推進役を担っている。2002年4月開催の第一回WAVOC管理委員会での配布資料「平山郁夫記念ボランティアセンター設立の件」には,その設立趣旨が次のように記されている。

大学は,膨大なボランティア・パワーを有する機関であるにもかかわらず,これまでわが国の大学には,「教育」・「研究」にのみ偏っていた感がある。21世紀の大学としては,「社会貢献」がこれから求められる責務であると認識する。アメリカでは,大学当局自身が地域社会貢献を行うボランティアセンターを主体的・戦略的に設置し,地域における活動の中核的役割を果たしている事例が少なからず見受けられる。ボランティア活動の実績が大学入学審査の一基準として考慮される例もあり,スタンフォード大学やコロンビア大学では,学長自らがボランティアセンターの最高責任者として活動に深くかかわり,大学と社会との接点を求めて積極的な活動を展開している。

社会貢献活動は,人生の節目節目で自己の成長を促し,人と人との交流を生み,社会を活性化することに大きく寄与している。本学に社会貢献活動の拠点を置くことによって,在学生に対しては,グローバルな視野と志を持たせ,地域に根ざした魂と行動力を体得した地球市民へと成長させる契機を与え,47万校友に対しても,大学が推進する事業に参画する機会を提供することになる。ボランティア活動の理念からも,早稲田関係者に限ることなく,五大学間交流協定校を始めとし広く社会に門戸を開き,また,NPO,NGO等との連携を含め,社会人(校友、市民)と学生が世代の壁を越えて社会貢献という土俵の上で力を出し合う場を本学においてあらためて作り出したいと考える。

社会貢献を教育,研究に次ぐ大学の責務であるとし,WAVOCはその拠点としての役割を担うものとして設置された。WAVOCの初年度の活動は,センターが主催するボランティア活動(「主催プロジェクト」)2件,公募により認められたボランティア活動(「公認プロジェクト」)8件,ボランティア関連の授業科目の提供(「オープン教育センター提供科目」)3科目,ボランティアに関する講演会、説明会等(「行事等」)12件であった。提供された授業科目は「自己表現論」「社会貢献論」「国際ボランティア実践論」の3科目で、いずれも他箇所の教員が担当していた。WAVOCの活動はボランティア活動の場あるいはボランティアを介して社会と大学をつなぐ場の提供が中心であったことが分かる。

発足当初はWAVOCには専任教員の配置はなく,翌2003年から助手,インストラクターが配置されたが,いわゆる教授,准教授等の専任教員の配置が実現したのは2014年のことである。助手,インストラクターという学生との距離が比較的近い若い指導者たちがWAVOCの活動を実質的に担う形になったことが,WAVOCのその後,とりわけ学生との関係性のあり方を方向づけることになった。彼らが重視したのは学生とともに活動することであった。また,大学という教育機関に設置されたボランティアセンターである以上,何らかの形で教育としっかり結びつけたい。ボランティア活動をやりっ放しで終わらせることなく,学生の成長を促す「ふりかえり」,つまり教育的側面をしっかり組み込んでいく。これが彼らの考えたボランティア活動と教育を結びつけた新しい実践のあり方であった。WAVOCでのボランティア活動には原則として全てこの「ふりかえり」が組み込まれることになった。これを彼らは自ら「WAVOCメソッド」と名付けていた。

WAVOC発足10年目の活動が始まる直前,2011年3月11日に東日本大震災が発生した。WAVOCでは震災後の2年間で約3,500名の学生を震災復興支援ボランティアとして派遣
した。大人数の派遣が求められる震災復興支援ボランティアではその都度その都度の「ふりかえり」はむずかしい。岩井(2012)にその苦悩が以下のように記されている。

四月,石巻への連続派遣の会議をしているときに,「ふりかえり」の扱いが論点になった。その結果,WAVOCとしては、被災地に求められている「より多くの泥かきボランティア」のニーズに応えることを優先させることを決めた。これにより,WAVOCが得意とし,独自性としてこだわってきた「丁寧なふりかえり」は、現時点では復興支援ボランティアには実施しないことにした。

とは言え,「被災地でのボランティア」という貴重な経験から,可能な限り学生には気づきを得てほしい。そこで,短期間の活動に組み込めるふりかえりとして,帰りの車中での「小グループでの感じたことの共有」「全体への発表」および「ふりかえりシートの記入」を実施している。さらに帰京後には,参加者を集めて「東京に帰ってきて感じたこと」のグループディスカッション,ウェッブサイトへの報告文の執筆なども,ふりかえりの一環として実施している。平時のふりかえりには及ばないものの,学生たちは自分たちの経験を考察し議論することで,学びを深めていっただろう。

「ふりかえり」を活動そのものの中に組み込めないのであれば,活動自体とは別に「ふりかえり」の機会を設けることもできる。震災復興ボランティアの活動は「ふりかえり」の活動自体からの切り離しの可能性を本格的に考えるきっかけになった。学生たちはボランティア活動だけでなく,様々な場面で他者と出会い,新たな体験をしている。多くの場合,それはしっかりとした「ふりかえり」がなされることはない。様々な種類の体験を対象とすることのできる共通の「ふりかえり」の手法を考えられなか。2014年度からスタートした「『体験の言語化』WASEDAメソッド構築のための研究プロジェクト」が目指したのは「ふりかえり」の体系化,標準化である。同プロジェクトの成果については『体験の言語化』(早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター 2016)『体験の言語化実践ガイドブック』(早稲田大学平山郁夫記念ボランティアセンター 2018)として公表されている。是非,本書と併せて手に取ってもらいたい。

WAVOCでは学生のボランティア活動を支援してきた。その中核となっていたのが自律的に活動を続ける学生ボランティア団体を審査の上で公認プロジェクトと認定し,WAVOCが様々な支援を行うWAVOC公認プロジェクト制度である。毎年約30の団体がこの制度のもので活動していた。しかしこの制度があることにより,WAVOCの支援の範囲がともすれば公認プロジェクトに限られてしまい,また学生間の交流も公認プロジェクトの中にとどまりがちになってしまう傾向があった。早稲田大学にはWAVOC公認プロジェクトとは関係なく活動しているボランティア学生サークルも多く存在する。両者を大きく一つのまとまりとし,その全体をWAVOCとして支援していくことの方が,よりボランティアのすそ野を広げることにつながるのではないかとの考えから,2017年度より以下の改革を行った。WAVOC公認プロジェクトの大学学生部公認サークル化を進めると同時に学生部公認サークルに「ボランティア」カテゴリを設け,ボランティアを中心に活動いている既存のサークルとあわせて「ボランティア」サークルとしての大きなまとまりを作る。これら全体をWAVOCが支援する。

WAVOC公認プロジェクトのサークル化の目指したのは学生ボランティアのすそ野を広げることである。一方で,WAVOC公認プロジェクトには助手,インストラクター等が積極的に関わって学生と共に作り上げた尖った活動がいくつも生まれていた。尖ったボランティア活動についてあらためて方向性を明確にし,新たな制度としてスタートしたのが教員の専門性を生かしたボランティアプロジェクトであるワボプロである。ワボプロは教員が主導するプロジェクトである。その目的は以下の通りとした。

1) 教員の専門性を生かし,教育的要素をもって,学生の主体性を意図的に引き出す。
2) 現地の他者との協働の中で,生き方を紡ぎだす力を育成することを目指す。
3) 活動地への貢献はもとより,自己満足に終わらず,WAVOCとしての発信力と結びついているプロジェクト。

具体的な理念や目的は本書の冒頭で記した通りである。2017年度から現在まで,以下の7件のプロジェクトがワボプロとして実施されている。

*狩り部(2017年度ー )
*パラリンピック・リーダープロジェクト(2017年度ー )
・Actあくと~他者の支えになる演劇プロジェクト(2017年度ー2018年度 )
・Bridge-Eight of Child-(2017年度)
*海士ブータンプロジェクト(2017年度ー )
*もりびとプロジェクト~ムラブリに学ぶ、世界の始まり~(2018年度ー )
・「ISHINOMAKIの朝日プロジェクト」(2019年度ー)
(本書で報告したのは*印のついている4件)

本書は,4件のワボプロプロジェクトについて,教員側から見た各プロジェクトの意図や成果の記述に加え,学生側から見た意図の受け止めや自身の成長についての語りも記すことで,2年間のワボプロの活動をより多面的に提示しようとしたものである。教員がどのような働きかけをしたのか,それを学生はどう受け止めたのか。意図したように機能していたのだろうか。本書は教員一人一人にとってみずからの教育活動をふりかえる重要な材料となっている。ワボプロはまだ試行段階である。本書を手に取ってくださった方々と共に,この新しい形の学びをより進化させていきたいと考えている。多方面からのご教示をお待ちしている。

なお,本書を参考にしてワボプロ型の活動を試みたいと考える場合には以下のことに留意していただきたい。現場での活動があれば必ずリスクがある。とりわけボランティアが必要とされている現場は,自然と社会が激しくぶつかり合っている場であったり,社会の矛盾や亀裂がむき出しになっている場であることも多い。そのような場で活動する際には細心の注意が必要であることは言うまでもない。専門的なフィールドを舞台とすることにより,より深い学びの環境を作り出すことができるが,そのためには専門的な知識や経験にもとづいたきめ細かな事前準備が必要である。十全に準備し細心の注意を払っても事故は起きうる。実践の際にはこの点を肝に銘じておかなければならない。また「ふりかえり」や「体験の言語化」についても,実践の際にはその方法に関する十分な理解と細心の注意が必要である。

本書で報告した4件の他に,今年度から「ISHINOMAKIの朝日プロジェクト」が進行中である。プロジェクトの目的は「被災地域が歩んできた復興の道のりをヒトゴトではなくワガコトとして捉え,被災の教訓をふまえた学校防災・地域防災を自分自身の暮らす地域で実践し,社会に発信していくことのできる防災人材となること」である。本書で報告した4件とあわせて現地への貢献と共に学生のおおいなる成長の場となることを期待している。

ワボプロは教員主導のプロジェクトではあるが,活動の主体,学びの主体は学生である。またその活動や学びは現場での多くの方々とのかかわりの中で生まれたものである。関係するすべての方々にあらためて感謝申し上げる。ボランティア活動を通した新たな学びに関心を持つ多くの方に本書を手に取っていただけることを願っている。

原載:『ボランティアで学生は変わるのか-「体験の言語化」からの挑戦-』(ナカニシヤ出版 2019)