今年も卒業の季節を迎えました。初等部を卒業する皆さん、中等部を卒業する皆さん、高等部を卒業する皆さん、卒業おめでとうございます。皆さんにとって入学から卒業までの時間、早実で過ごした時間はどのようなものでしたか?

この時期によくあるこの質問、まだなかなかうまく答えられないですよね。物事に取り組んでいる間は、どう取り組むかに集中してしまっているので、それに取り組んでいる自分自身についてや、自分自身がそれを通してどう成長し、どう変化したかは分からないものです。

卒業してしばらくの時間がたち、新しい環境の中で過去の自分を振り返った時に、ようやく在学中の自分自身の姿、自分自身の成長や変化が見えてきます。そして、自分自身にとっての早実での学びの価値や意義が明らかになってきます。

1日の時間は24時間、1年は365日、全く同じように均一に時は流れていますが、過去を振り返った時に見えてくるのは、濃淡に彩られた不思議な時の流れです。伸びた時間があり、縮んだ時間があり、また記憶から欠落してしまった時間もあります。

さらに不思議なのは、20代で振り返る10代、40代で振り返る10代、60代で振り返る10代が少しずつ異なったものになっていることです。

60代の今の私が過去を振り返った時に見えてくるのも、やはり濃淡のある時間です。私にとって最も濃厚な時間として感じられるのは、残念ながら小・中・高の学校生活ではなく、26歳から2年間留学した上海での日々でした。

現地の匂いを嗅ぎ、音を聴き、空気を感じながらキャンパスや街を歩き回ることで、頭の中で組み立て理解していた中国が、身体的にすとんと落ちてくる感覚がありました。また寮生活というのも初めて経験しましたので、そこで一緒に生活した中国人学生、日本人学生をはじめ様々な国籍の人たちとの濃密な時間、さらには眩しいぐらいのどん欲さで未来に向かって進む中国の人々の姿に圧倒された時間でもありました。私にとっての上海での2年間は、上海前/上海後と画期されるような位置付けです。自分自身が大きく変化した時間であり、その後の自分自身の基盤になっているような気がします。

これから皆さんが早実での学びを振り返った時、どのような時間として浮かび上がってくるのか、同じ時期を早実で過ごした者として、とても興味があります。

早実通信の巻頭で皆さんに挨拶するのも今回が最後となります。早実での5年間、様々な出来事がありました。私自身としては、一つ一つ丁寧に取り組んできたつもりですが、実際にはご迷惑をかけてしまったことも少なくないと思います。この場をかりてお礼とお詫びを申し上げます。

早実での5年間が私自身にとってどのように位置づけられていくかはまだ分かりません。一定の時がたち、しっかりと振り返ることができた段階で、また皆様とお話ができる機会を持つことができたらと思います。

原載:『早実通信』213号(2023年3月)